Around Yosemite Walls : 1864

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ヨセミテ州立公園境界(1864年)
10月5日、King、Gardner、Cotterらは、マリポサトレイルからヨセミテ渓谷に入り、Blackのホテル傍のキャビンを測量のベースキャンプに定めました。手伝いとして、マリポサ大隊のFredrick A. Clark、渓谷の住人LongherstとWilmerが加わります。早速翌日、一行は二頭のミュールとともにBig Oak Flatトレイルを使って渓谷の北側に上り、Monoトレイルを辿ってEl Capitanのすぐ西側の沢(Ribbon Creek)のほとりにキャンプ地を構えます。この沢の水は、ヨセミテ渓谷最大の落差を誇るRibbon Fallの水源で、当時はホテルを経営するHutchingsが名づけたVirgin’s Tearsと呼ばれていました。7日、一行はEl Capitanへ行き、渓谷全般の偵察や、岩壁を覗き込んだりしました。翌日からはいよいよ測量を開始します。境界は渓谷の淵からほぼ1マイルのところに設定されます。測量はチェーン測量法を使って一週間ほど続けられ、測量線がBoundary Hillに達したところで三角測量に切り替え、1マイルほど先のYosemite Creekの東側に測点を移します。同時にキャンプ地もNorth Domeの北西付近にあるメドウに移動し、Indian Rockに達するまで測量が続けられました(Clouds Rest、Mt. Star Kingには上っていません)。Kingはこの間、North DomeからRoyal Archの淵まで下ったり、Mt. Hoffmann登山、そしてTenaya Lake方面へ探索をしました。Mt. Hoffmannに登った際には、反対側に下り、Yosemite Creekをその水源からヨセミテ滝の落ち口まで辿ります。そしてモレイン跡や、条線、擦痕など、ヨセミテを覆っていた氷河の痕跡を見つけています。
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Boundary HillからYosemite Creek越しに見るIndian Rock、North Dome、Clouds Rest、Half Domeなど
北側の測量が終わると、一行はヨセミテ渓谷へと戻ってきました。一日休憩した後、今度はマリポサトレイルを使い、南側へと上り、Meadow Brookにキャンプを設営、同様に渓谷の淵から1マイルほどのところで、境界の測量を続けて行きます。こちら側でもKingは地学的探索をし、Bridalveil滝の落ち口付近や、Glacier Pointの東側1,000フィートほど下に見える突き出た岩などへも降りています。さまざまな痕跡を調べたKingは、最低でも1,000ft.の厚さの氷河が渓谷に流れ込み、それらが渓谷の底を覆っていただろうと推測しています。境界測量は一月ほどで終わり、測量隊は11月初旬、ヨセミテ渓谷のキャビンへ戻ってきました。しかしここでKingは、残された時間を使い、Cotterと共に鮫の背びれの形をした山、Mt. Clarkの初登頂を目指すべく、再びマリポサトレイルを上ることになります。
以上は『California Geological Surveyのシエラネバダ調査:1863-1864』の続きです。