シエラネバダ〜光の山々へ 1998年夏

写真と文・西村仁志

グラニットレイク
四回目となるヨセミテへの旅は、ぜひ一度体験したかったツォロミー草原でのキャンプとハイシエラへの山行でした。ツォロミーはヨセミテ・ヴァレーからさらに1400mも高く、ヨセミテ国立公園の奥座敷ともいえるところ。これまでも毎年日帰りで訪れていたところですが、今年ついにそのチャンスがやってきたのです。
 昨年9月ヨセミテの帰りにバークレー在住のキミ・コダニ・ヒル(彼女には1995年の最初のヨセミテツアーでガイドをつとめてくれた。)の家を訪問したときに、「こんどツォロミーでキャンプするときは声をかけてほしい」と頼んでおいたところ、朗報は忘れた頃にやってくるというのは本当で、今年5月に「キャンプ場予約するけど、行く?」という知らせがやってきたのでした。(頼んだ本人は忘れていたのに、よく憶えていてくれたもの)日程は8月上旬。8月2日(日)に彼女が国立公園局のボランティアとして彼女の祖父チウラ・オバタ(故人。1927年に初めてヨセミテをスケッチ旅行し日本画で描いた。UCバークレー名誉教授。)についてのスライド&トークをツォロミーで行うので、その前後7日間をキャンプしようということでした。その時期はカラーズの仕事も夏のシーズンで書き入れ時の頃とは知りつつ、ツォロミーの誘惑には勝てず、「行く」と返事をしてしまいました。
 飛行機のチケットも手配し、テント、シュラフ、ストーブなど普通の海外旅行ではいらないキャンプ道具を、でかいスーツケースに一式詰め込んで7月31日関西空港から出発したのでした。
7月31日(金)
 思いがけず飛行機の席はビジネスクラス。満席なのでこちらにまわされたのだと思うが、毎回お願いしたいもの。サンフランシスコ国際空港からはエアポートシャトルでバークレーへ。約1時間でキミの家に到着。まずは休憩だが翌日早朝出発なので準備も欠かせない。アウトドア用品の巨大ストアREIに行き、燃料と暖かい靴下を仕入れる。スーツケースはここに置かせてもらい、ザックに詰め替える。
8月1日(土)
 キミのお父さんユージンを乗せて10:00出発。快晴。ハイウェイ580から120。カリフォルニアの大農業地帯を横切り、シエラの山々にさしかかると延々と上りが続く。年代物のトヨタカムリはちょっと息切れ気味。途中Grovelandのピクニックエリアでランチ。結局15:00すぎだから5時間かかってツォロミーに到着。国立公園入園料はキミがボランティアということもあって無料だった。
 キャンプ設営。キミの友人たちベッシー、フローレンス、ローズマリーとあう。サクラメントから来たベッシーの弟ジミーと息子二人ベリーとケイシーも一緒。総勢9名の大所帯。
 夕食はみな一緒に。ベッシーは食料をたくさん持ってきているので御馳走になる。
 18:30からレンジャープログラム「Music Walk」に参加。これはわが日本の環境教育業界でも伝説のプログラム。オーケストラに所属していたレンジャー、マーガレットのフルートを聴きながらサンセットを見る。最高!。
 夕方から高山病の症状出る。飲んでいないの酔っ払ったみたいにふらふら。酸素が足りない。ここは標高2600mなのだ。
8月2日(日)
 夜何度も目が覚める。0時、3時、4時、5時、6時30分ようやく起床。寒い。ダウンジャケットを着てキミと散歩。草原には霜が降りている。可愛い花にも霜が降り、山の端から朝日が照りはじめると輝く。むちゃくちゃきれいだ。快晴。
 9:00集合で、皆でパピードームそしてランバートドームへ。草原は一面のお花畑。
 昼食を済ませて、この日は14:00からパーソンズロッジで、キミのスライド&トーク「チウラオバタのヨセミテ」聴衆70名、すごく集中して聴いている。スライドもよかった。チウラオバタの絵はすごくいい。繊細かつ大胆。いのちの躍動感。大自然への畏れと尊敬。自然のなかでいのちが輝いている。
 帰ってきて、ライエルフォーク川で水浴び。むちゃくちゃ冷たい。でもシャワーがないので体をこすって洗う。頭も洗う。川のほとりで絵はがきをかく。
 夕食。またベッシーたちの招待。サルサとショートパスタ、スィートコーン。
 自分のテントに戻る。絵はがきの続きを書いて寝る。
8月3日(月)
 起床7:30 よく寝た。快晴。朝食はケーキ、紅茶、お味噌汁。
この日はタイオガ峠から4時間のクロスカントリーハイキング。ゲイラーレイクとグラニットレイクを巡る。景色も、お花も最高に美しい。ゲイラーレイクの水面の向こうに残雪がたくさん頂くシエラの山々が輝いている。帰ってきてまたライエルフォーク川で水浴び。これは日課になる。
 夕食のときアン・アイズラーと話す。「Music Walk」のレンジャー、マーガレットのお母さん。たぶん70代だと思うが、僕より背が高いおばあちゃん。1956-1961の6年間、ツォロミーにあったシエラクラブのSoda springs Campgroundの管理人だったと聞く。お話好きでいろいろなこと話す。毎夏ツォロミーに2週間キャンプで滞在している。南カリフォルニアのサンタバーバラから一人でクルマを運転してきている。すごい。このおばあさん洒落が利いていて、小さな丘にある私たちのキャンプサイトA46,A48,A49はすべてキミの友人達なので「Kimi’s Hill」と名付けた。
8月4日(火)
 またまたはやく起きてしまう。4:00に国際電話かけに行く。京都は猛暑だとか。こっちはダウンジャケット姿。摂氏6度。
 この日はヨセミテ国立公園のちょうど真ん中になるマウント・ホフマンMt.Hoffman(3,307m)行き。9:00に出発。快晴。9:30にメイレイクの駐車場について歩き出す。
 10:00メイレイク。またまたきれいな湖。ホフマンはなかなか厳しい。高度も3300mくらい。雪もたくさん残っていて、雪渓の上を歩く。最後は岩をかきわけて登る。12:20頂上到着。360度パノラマ。公園の北側半分が見える。初めて見る景色。頂上の北側は切り立っていて、下には凍った池が見えている。
 夕食。またまたおばさま方からのご招待。ソーセージ、具たくさんのスープ。コーン。
 20:00レンジャーの「キャンプファイアー」に参加。途中で隣のサイトにクマが出現し、場内騒然となる。
 21:00眠たくなってテントに入るが、隣のサイトの犬が吠え、鍋をたたく音も聴こえる。なにやら付近が騒々しい。熊のおでましらしい。ユージンは僕のテントの横を歩いていくクマの姿を見たらしい。
8月5日(水)
 6:00起床。快晴。この日はクラウズ・レストClouds Rest(3,025m)への単独行。7:20に出発し、ストア前でバスを待つが、なかなかこない。同様に待っていた少年達もフリスビーを始める。
 8:30バスがやっとくる。8:45テナヤレイク着。少年グループはヨセミテヴァレーに行くとのこと。歩きはじめるとテナヤレイクからの川を渡るが水かさが高く、ステップストーンが20センチほど沈んでいる。靴がもうびちょびちょ。
 トレイルからは花がきれい。途中珍しい鳥Blue Grouseをみる。(日本の雷鳥みたいなの)低い「ホッホッ」という鳴き声。親子でいた。
 11:40頂上到着。最後は「ナイフエッジ」両側が切り立っていて、足がすくむ。ハーフドーム、ヨセミテヴァレー、テナヤキャニオン。ホフマン。テナヤレイク。眺めが素晴らしい。
 12:15出発。帰り道、また例の少年達に会う。彼らは重いバックパックを担いでるために、もうヘトヘトになってる。オジサンの指導者と話してみるとロスアンジェルスの近くからきたボーイスカウトのグループらしい。自分は日本からきたと言うと「中国と一緒になって、どうだ?」という。首をかしげていると、よこから少年が「おいおいそれは香港やろ」と言っている。14:50テナヤレイクバス停着。往復約20km近く歩いている。
 しんどー。キャンプ場に帰って、グリルでハンバーガー食べ、Jumping to river。ベッシーやフローレンス達はこの日帰ったため、この夕食からは急にシンプルになる。味噌汁とカレーライス。暗くなってランタンを灯して、ビールを飲みながら星野道夫さんの話になり、「森と氷河と鯨」の話をしだすと止まらなくて、気がついたら2時間以上も下手な英語で喋り続けていた。22:30またクマ出現。
8月6日(木)
 この日はマウント・デナMt.Dana(3,979m)へ。8:20発。晴。公園の東側ゲート、タイオガ峠にクルマを停め歩き出す。風が冷たい。気温15度くらい。途中みる花がきれい。高度を上げていくと珍しい高山植物が次々とあらわれる。なかでも山の王様ともいわれる「Sky Pilot」の花は空の色のように青く美しい。岩がごろごろ瓦礫のようでなかなか険しいルート。
 11:20頂上着。3時間。眺めすごい。眼下にはモノレイク。ネバダの砂漠や山々が見渡せる。面白いことに東の砂漠地帯から吹き上げる熱風があるので頂上のほうが暖かい。昼食をとって、ちょっと昼寝して12:00下山開始。帰りは雪渓の上をジャンプしながら降りる。下界は結構暑い。所要時間1時間50分。この日は久しぶりにTuolumne Lodgeで熱いシャワー浴びて帰る。洗濯して、ブーツを洗って、ビールを川で冷やして、日記書き。キャンプ場は静か。
 18:30レンジャープログラム「ミュージックウォーク」にいく。またマーガレットのフルートのプログラム。僕のこともよく覚えてくれている。土曜日とは異なる内容。音楽のこと、自然の音のこと。耳を澄ませてみてなにがきこえるか。楽器もパンフルート、ケーナ等いろいろ出てくる。
 日没と同時にほぼ満月の月が東の山の端から昇りはじめる。素晴らしいタイミング。プログラム終了後もキミと二人で残り、20:50までお月見して帰る。
8月7日(金)
 6:30起床。快晴。今日で閉営だ。テント内を片づけ、このあと厄介になるメドレー家宿泊の荷物とキミにバークレーに持って帰ってもらう荷物とを分ける。
 7:40出発。道沿いに車を置いて歩き出す。30分かけてPothole Domeを裏側に回り、川のほとりで朝食。ここは草原のなかをゆったり流れてきたTuolumne Riverが急に暴れ出すところ。キミはスケッチをしている。(描き上げたら僕にくれた)
 9:50出発。ヨセミテヴァレーを経て、12:00El Portalのヨセミテ協会事務所に着く。下界はむちゃくちゃ暑い。ヨセミテ協会会長のスティーブン・メドレーさんと再会。
 このあとは国立公園の南にあるオークハーストとバークレーで3日をすごして8月11日、日本に帰ってきました。ハイシエラですごした7日間はあっという間でしたが、短い夏を謳歌する花々や、残雪を頂き輝くシエラの山々、身を切るほど冷たいライエルフォークの清流はいまもこころの中に焼きつけられています。
 ヨセミテへの旅は私にとっての聖地巡礼です。ひとりトレイルを歩いていると神の言葉も、悪魔のささやきも聴こえてきます。そんな自分自身と向き合い、いらないものをそぎ落としたキャンプの質素な生活から、ほんとうに大切なものが見えてくるように思います。

Hitoshi について

西村仁志です。環境共育事務所カラーズ&広島修道大学。

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