• カテゴリー別アーカイブ みどころ
  • Wapama Falls

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    Hetch-HetchyのWapama Falls(写真中央、落差約1,300ft)にはかなりの水量がありました。小さな駐車場も満車状態(30台くらい)で、滝へ向かいハイキングをする人が結構いました。


  • Chinese Camp の民家

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    120号ルートでYosemiteに向かうと、Oakdaleの町を過ぎて108号Sonora方面と分岐した先にChinese Campという小さな町があります。120号沿いにも数軒の民家が並んでいて、そのうちの一軒は庭先に着せ替え人形を置いて通行者を楽しませてくれています。人形の衣装は時事ネタを反映したものが多く、大統領選挙時には候補者になったり、ボンズの量産ホームランが注目され始めたら彼になったり、スペースシャトル打ち上げ時には宇宙飛行士になったり、ほぼ毎週着替えています。上の写真は今年10月下旬のもので、ハロウィンを控えてウィッチに仮装しています。付近に停車する場所は無いので、今度はさて何になっているか、と予想しながら通りがてら鑑賞してください。線路を越えて材木置き場のすぐ先、ヨセミテ方向に向かって道路右手にあります。


  • Crane Flat Lookout

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    Crane Flat西側の丘の上には、今は使われていない(と思われる)火の見櫓、ヘリポート、そして無線の中継器があります。写真は、たまたま待機していたヘリコプター、消火用のと特大水バケツを準備しているスタッフ、パイロット、そして観光客です。後ろの山(Gin Flat方面)にはコントロールドファイアの煙が上がっています。

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  • オバタ・レイク

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    Obata Lake
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    先日のJohnson Peak登頂のハイキングで、密かに楽しみにしていたのが「オバタ・レイク」です。
    Tuolumne Meadowsの南方、Johnson Peakの麓には無名の湖が2つありますが、そのうち奥の湖が関係者の間で「オバタ・レイク」と呼ばれています。チウラ・オバタ(小圃千浦)が1930年に描いた「Lake Basin in High Sierra」の湖がこの湖だといわれています。
    この絵はY.A.の発行する「Obata’s Yosemite」にも掲載されています。

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  • IV. Lyell渓谷とMt. Lyell

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    Pursuing my lonely way down the valley, I turned again and again to gaze on the glorious picture, throwing arms to inclose it as in a frame. – John Muir「In The Heart of The California Alps」
    1863年7月1日、BrewerとHoffmannは、前日一緒にMt. Danaを登り終え、Big Oak Flatへと戻っていくWhitneyと別れ、Tuolumne Meadowsの奥にある谷の探査に向かいます。この日二人は、谷の再奥まで進みました。翌日、7時間かけて斜面を登り、樹林帯を越え、昔に「氷河で磨かれた」と思われる岩場を登り、雪渓を詰め、最高峰を目指します。しかしながら、頂上直下30メートルほどのところで行き詰まり、登頂を断念してしまいます。彼らによりこの山は、英国の地質学者の名前を取ってMt. Lyellと名付けられました。1871年8月29日、John Boies Tilestonが、このヨセミテの最高峰(13,114ft.)に初登頂します。1872年にはMuirが、Mt. Lyellのそれを含め、ヨセミテの高山に残る雪が雪渓ではなく、氷河であることを発表しました。
    Tuolumne Riverは、Tuolumne Meadowsの東端でDana ForkとLyell Forkの二つに分かれます。現在Dana Fork沿いにはTioga Roadが、Lyell ForkにはJMT[註]が通っています。Lyell谷は、Tuolumne大渓谷と様相は全く異なり、幅が0.5マイルほどの底が平らで、空の広がった明るい谷です。ここではTuolumneの川幅はかなり広く、うねりながら静かに流れています。7マイルほど進んで、初めてMt. Lyellの遠望が可能となります。すぐに平らな谷は山裾に突き当たってなくなり、其処からは急登が始まります。登るほどに風景は変わり、アルペン的になってきます。Donohue Passへ向かうJMTをはずれ、緩やかなな谷を進んでいくと、Lyell氷河が目の前に広がります。かなりの長距離(往復20マイル強)になりますが、初夏の日が長く、草がまだ緑のときに、ハイキングやバックパッキングなどで訪れてみたい一帯です。
    写真上(1):Lyell渓谷から望むMt. Lyell(白い山)

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  • III. Tuolumne Meadows

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    This is the most spacious and delightful high pleasure-ground I have yet seen. The air is keen and bracing, yet warm during the day; and though lying high in the sky, the surrounding mountaints are so much higher, one feels protected as if in a grand hall. – John Muir「My First summer in the Sierra」
    ヨセミテには、白人たちが訪れる遥か以前から、シエラを横断するトレイルがありました。これはMono Trailと呼ばれるインディアンの通商路で、Mono LakeからBloody Canyonを登り、Mono Passを越え、Tuolumne Meadows、Tenaya Lakeを経由、Porcupine Flatから、Yosemite渓谷やBig Meadow(Foresta)方面を結んでいました。1833年秋にヨセミテ渓谷を覗き見たJeseph Walkerらは、初めてTuolumne Meadows付近を通った白人と考えられています。1852年、マリポサ大隊のヨセミテ渓谷探査(1851年)に続き、再び酋長のテナヤを追うMoore中尉は、Tenaya Lakeを越えTuolume Meadowsに入り、一帯を探査、鉱脈を発見したりしました。こうしてTuolumne Meadowsの存在は人々に知られるようになります。まず、鉱山師たちがこの道を使い、Mono側へと越え始めます。1863年、California Geological SurveyのBrewerは、Hoffmannと共にヨセミテ渓谷からMono Trailを使ってTuolumne Meadowsに入り、Soda Springsにベースキャンプを構え、一帯の測量を行いました。そのときには、既に週に一度、荷物を積んでハイシエラを越えるMule Packがあったと書き残しています。1869年の夏には、Muirが羊飼いとしてこの地(正確にはDelaney Creek沿いのMeadow)に一ヶ月近くキャンプを設営し、合間を縫ってCathedral Peakへ初登頂、Mt. Dana登山、Mono Lake、Lyell渓谷方面への探訪などをしました。そのとき書きとめた日記は、後年(1911年)加筆修正が加えられ、「My First Summer in the Sierra」として発表されます。1883年にはTioga Road(ワゴン道、現在のTioga Roadはその一部を共用)が開通するものの、Tioga Pass近くの銀山Great Sierra Mineはすぐに閉山してしまいます。その後Tuolumne MeadowsではSoda Springs付近にJohn Lembertの私有地が認められたり、キャビンが建てらたりします(1912年にはSierra Clubへ売却)。また1901年にはSierra Clubの最初のアウティングの場所にも選ばれました。1915年には、一年後にできるNPSの初代長官となる、Stephen Matherを初めとする有志らによりTioga Roadが私費で買い上げられ、ヨセミテ国立公園に寄付されました。こうして車でのアクセスも可能となり、Tuolumne Meadowsは夏のキャンプ地としての利用が高まっていくことになります。
    Tuolumne Meadowsは、標高8,500ft.付近にある長さ4マイル、幅1/4〜1/2マイルほどの草原地帯で、Tuolumne Riverがうねるように流れています。周りは10,000ft.を越える山々やドームに囲まれていますが、メドウとの間にはLodgepoleの林の斜面が広がり、垂直の岩壁に囲まれた圧迫感のあるヨセミテ渓谷とは異なった、開放感のある、ヨセミテ国立公園唯一の「風光明媚」な高地の宿泊地となっています。しかしながらホテル等の近代施設はなく、キャンプ・キャビンなどによるプリミィティブな滞在となります。ここでの最大のアトラクションは、メドウのランドマークでもあるLembert Dome[1,2,3]、Pothole Dome、Soda Springs、Dog Lakeなどへの散策です(地図)。時間がとれれば、Glen Aulin、Cathedral Lakes、Budd Lake、Young Lakes等を訪れることもお勧めします。
    写真1(上):Tuolumne Medowsの西側から見たCathedral山群(南)。左からUnicorn Peak、Cockscomb、Eacho Ridge、Cathedral Peak、そしてFairview Dome。

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  • II. Tuolumne大渓谷

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    Snach a pan of bread and run to the Tuolumne. How blessed it would be to be banished to the Canyon!(略)The Canyon has something grand and good for everybody. – John Muir「Muirの日記より」
    Hetchy Hetchy渓谷とTuolumne Meadowsの間は、Grand Canyon of the Tuolumne Riverと呼ばれ、最大高度差5,000ftにも達する大渓谷が20マイルにわたって続いています。ヨセミテ国立公園には数多くの渓谷がありますが、ここだけが”Grand Canyon”という名を冠しています。この谷の探査を初めて行ったのはCalifornia Geological SurveyのClarence Kingです。Whitneyの「The Yosemite Book」に拠れば、Kingはこの大渓谷をTuolumne Meadowsから下っていきましたが、途中狭隘な谷に阻まれ、其処から先Hetch Hetchyまでは未探査のままとなってしまいました。その後、Kingが敗退した谷は、ヨセミテガーディアンのGalen ClarkとともにMuirが初遡行し、後にMuir Gorgeと命名されます。Muirは1870年代初期に、幾度かに分けてTuolumneの探査を行い、Hetch HetchyからMt. Lyellに到るTuolumneの全区間を歩いた最初の人となります。
    Muirがその完成を望んだとされる大渓谷内のトレイルは、1925年に完成しました。この全トレイルを歩くための最短ルートは、White Wolf(西側)とTuolumne Meadows(東側)を結ぶもので、全長30マイルほどあります。ルートのほぼ中央にはMuir Gorgeがあり、そこからGlen Aulinまでの間が渓谷の核心部といえるでしょう。深いV字状の谷底には、巨大なボルダー、プール、原生林が次々と出現し、飽きることがありません。Tuolumneの三大瀑布(下流からWaterwheel、LeConte、そしてCalifornia Falls)はヨセミテ渓谷の垂直に落ちる滝とは異なり、斜めに流れ落ちていくTuolumneの水のエネルギーを、まさに水際で堪能する事ができます。滝が巻き起こす水煙は光を浴び、虹がいたるところに現れます。California FallsとGlen Aulinの間は、谷が突然U字状となり、長さ1マイル、幅1/4マイルほどの平らな谷底が広がります。初夏には、アスペンの白い幹と緑の葉、取り囲む灰色の岩壁と青い空のコントラスト、そしてそれらを映す水でたいへん綺麗なところです。谷の東端にはGlen Aulin High Sierra キャンプ場があり、夏にはBackpackerやTuolumne Meadowsからのハイカーでにぎわいます。その上流側にはWhite Cascade及びTuolumneの2滝があり、ここでもまたTuolumneの水が轟音を立てて流れ落ちています。初夏、水が溢れるTuolumne大渓谷への探訪は忘れられない思い出になる事でしょう。
    写真上(1):California FallsとWildcat Point。

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